「わたし、あなたのやっていること、とてもいいことだと思う」

 

 少女がそういうと、男の子は少し笑顔になりました。

 

「あなたが作ったものは、私たちが楽しめるようにしてくれているのよね。ほんとにちっちゃいところから、ていねいにていねいにしてくれている。私たちの体にいいこと、心が喜ぶこと、この先の未来もきっといいと感じられるようにしてくれている。

  ピンク色の花びらも緑色の葉っぱも、風車を回す大きな力の風も、そのほかにもきっとあなたはたくさんのものを作っている。そのひとつひとつにあなたの思いがこもっている。

  でも、世界で一番を目指している誇り高い大人たちは、そんなあなたの思いなんて知らないから、自分が正しいと思っていることをどんどんやってしまう」

 

 少女がそこまで言うと、突然、大人が3人現れました。あの高い塔を見に行った時に話し合っていた3人です。

「そのとおり!私たちは正しいことをしている。そこの男の子の思いなど考えもしない。私たちは大勢の民衆に支えられている。今までの歴史を見てみたらどうだ。皆、私たちを正しいと言ってくれている。

  そこの男の子の作ったものだってひどいもんだ。君がきれいだと思ったあの外国の街だって、水害で大変なことになったんだぞ。水を作った時に、そんなふうに水害を起こすことを分かっていたんだろう。

 私たちはその水害から街の人たちを救ったんだ。私たちの技術こそ素晴らしい」

 

 少女はその大人の3人に向かって言いました。

「いいえ、水害は水があるから起こるものではありません。街があるから水害になるんです。水はもともととてもいいものです。水はどんな時でも美味しく飲めるし、どんなものでも洗えるし、熱くすれば水蒸気になるし、冷たくすれば氷になるし、本当は良いもので、私たちの生活を豊かにしてくれるものです。だけど、その使い方を間違ってしまえば良いものにはなりません。大人の人たちが国のためだと言って作った街は自分の都合だけで作られていて、水の流れのことも人々の幸せのことも考えられていません。だから、作る場所も間違えていますし、作り方も間違えているんです」

 

 これを聞いて大人3人はだまっていられなくなりました。自分たちが間違えていると言われたのです。

「いやいや、お嬢ちゃん、私たちは間違ってなどおりませんぞ。歴史を見てごらん。皆今まで幸せに生きてこられただろう。皆が幸せになるために私たちは自分の時間とエネルギーを全開に消費させてきたのだ。それは皆がのぞんだことで、私たちはそれに応えた。それで私たちは真っ赤に燃えた後の炭のように、白い灰になったのだ」

 

 少女は、大人3人がちぢんで足が細くなってゆくのを見ながら、かわいそうに思い、言いました。

 

「そうね。大人の人たちは間違っていません。作る場所とか作り方とか使い方とか、そっちのほうが間違っているんです」

 

 少女がそう言うと、大人3人はしょぼしょぼになりつつ、納得したかのように少女を見つめ、ふううっと消えていきました。

 

 男の子もいつの間にかいなくなっていました。

 

 並木道にずうっと連なっている木々は、風にゆられて葉っぱがカサカサっと音を立てています。上を見上げると、真っ青な空と葉っぱの濃い緑色がおたがいにみえかくれしています。その合間をぬって、太陽の光もさしこんでいて、その光が地面にもとどいていて、アスファルトにたくさんの模様を描いています。アスファルトは黒いはずなのですが、白くかすれて優しい色になっていて、木々の色と陽の光と、とても仲良くしているように見えました。

 

 少女はこれまでのことをいろいろ思い返していました。すると、日常とは違う感じがしてきました。

 

 それは、明るい、熱い、流れる、少しこそばゆい、抱きしめたくなる、そんな空気が充満している感じです。

 

 それがとても大事なものなので、忘れないようにしたいなと思い、ふと気づくと、ずいぶん長い時間ここにいたと思い、急いで家に帰りました。

 

 家に着くと、ママは少女が長い時間外にいたことに気付いていないようでした。それで、いつも通り「お帰りなさい」と言うのでした。

 

おわり