このコミカルな猫がさっそうとみんなの前に進み出ます。

 

 何だか、まともに歩いてはいるのですが、その歩くリズムがおかしいような気がします。みんなの前にまで出てくると、立ち止まり深々とおじぎをしました。おじぎの仕方も少しおかしいような感じです。それを見ていたまわりの猫たちの中から、クスクスと笑いが起こり始めます。ゆっくり歩いていたかと思うと、パッと急に振り向いて、おどろいたようなしぐさをします。またクスクスと笑いが起きます。そして次々に色んな猫のしぐさをものまねしたり、おかしな動きをするので、もう、それを見たまわりの猫たちは大きな声で笑ってしまいます。この広場全体が笑い声でいっぱいになりました。

 

 このコミカルな猫は、みんなを笑わせて楽しい空気を作ることが自分のできる最高の仕事だと思っています。

 そして、みんなの笑いのある中、またまたおかしな歩き方のリズムで、さっそうとその場から退場して行きました。

 

 

 白毛の仔猫は、その明るい雰囲気を見て、「この空き地の広場がこんなに笑いでいっぱいになって楽しい雰囲気になるなんてすごい。生きていて幸せを感じる時ってこういう時かもしれない」と思うのでした。

 

 

 

 広場全体が大きな笑い声で楽しい雰囲気がまだ残っている中、一匹、ずっと笑わず、顔を下に向けている猫がいます。体の毛並みはよごれてボサボサっとしていて、目も半分閉じてしまって体にぜんぜん力がないようです。

 このうす汚れた猫は、参加資格がありますが、自分がみんなの前に出る番になっても、前には出てきません。

 次の猫が出てこないので、まわりの猫たちはだんだん静かになり、次はだれの番なんだ、と言い合いながらキョロキョロしだし、そしてそのうす汚れた猫が次の猫だと気づくと、みんなだまってしまうのでした。

 

つづく

 

 

 大きな黒い体をした雄猫です。ゆらりゆらりと歩いてきますが、その一歩一歩にまわりの猫たちはビクッとします。それほど怖いのです。

 その雄猫は皆の前に出ると立ち止まり、四つの足を真っすぐに立て、ライオンのように吠えました。それを見たまわりの猫はいよいよ怖くなって、その場からぴゅーと、いっせいに逃げていきます。

 

 空き地の広場には、黒い雄猫と、長老猫と白毛の仔猫だけしかいなくなりました。

 

 このようにこの雄猫は皆に怖がられています。でも、実は、この雄猫のおかげで、他の種類の動物はこの空き地に入ってくることができません。それでこの空き地は安全に守られていたのです。

 

 白毛の仔猫は思いました。「この大きな黒毛の雄猫は、わざとこわいふりをして、皆の生活を守っているんだ」

 そして白毛の仔猫が長老猫を見ると、長老猫は、そのとおりだという感じにうなずくのでした。

 

 しばらくすると黒い雄猫は、またゆらりゆらりと歩き出し、そこを離れて行きました。

 

 

 

 「しいいん」としたままの空き地でしたが、あちらこちらから猫たちが様子をうかがっていて、その黒い雄猫がいなくなったことがわかると、そろりそろりとまた集まり出しました。

 

 そんな中、一匹のコミカルな猫がサっと皆の前に現れました。

 

つづく

 この二匹のオスとメスの猫は、泥棒猫です。人間の家から、気づかれないように、ちょっとずつ美味しいものを持ってきます。

 

 メス猫が言いました。

「あたいたちはどんなところにでも忍び込んで、お肉や魚、デザートのフルーツやお菓子を持って来ることができる。どんなところでもさ。みんなが行くことの出来そうにない高いところも、あたいたちは平気で飛びついて持って来る」

 オス猫が言いました。

「おいらたちはこの町にある家のことを全部知っていて、どこでどんな料理を作っているか、いつどんな料理を作るかを知っている。だから、みんなが欲しいものをいつでも持って来ることができるのさ」

 

 このオス猫とメス猫は、すばしっこくて、物知りです。

 オス猫とメス猫は一緒に言いました。

 「食べたいものを何でも言ってごらん、持ってきてあげる。あたい(おいら)たちにできないことはないからね!」

 

 すると、まわりの猫たちは、「いいぞいいぞ!こんがりジューシーなハンバーグを持ってこい!」とか「出来立てのパンケーキを持ってきてちょうだい!」などと、嬉しそうに、自分たちの食べたいものを口々に言うのでした。

 

 それを見ていた、長老猫に連れてこられた白毛の仔猫は、「この二匹の泥棒猫は、みんなのために美味しいものを持ってきている。だからみんな喜んでいるんだ」と思いました。

 

 

 仔猫がそう思っていると、一匹の雄猫がみんなの前に出てきました。その雄猫はとても強そうで、それまで騒がしかったこの空き地の広場が「しいいん」と静まり返りました。

 

 つづく

(ミュージカル・キャッツの童話)

 

 これはある猫たちの特別な日のお話しです。

 

 

 人間たちが仕事とか生活とかしているこの街の、見知らぬところ、そこに猫たちは住んでいます。

 

 その街は、高い高いビルがずらりとならんでいて、いろんな照明が光っていて、車も人もたくさんいるので、夜でもとてもにぎやかです。けれど、大通りから横に入って、せまい道を行き、ビルとビルの間をとおりぬけていくと・・・しんと静まり返った、ビルのうら側の空き地が見えてきます。

 そこに猫たちは住んでいます。そこに人間はいません。それは猫たちにとって、とても都合の良いことなのです。自分たちが自分たちらしくいられるからです。

 

 今日は、猫たちの四年に一度の特別な日です。この街に住む猫の中から、一匹、天に召される猫が選ばれる日なのです。天に召される猫は、本当に心が美しく価値がある猫、そのような猫が選ばれます。

 皆、気持ちをソワソワさせながら、ここに集まってきます。それで、いつの間にか、その空き地は、猫たちの歌うような声でいっぱいになっていました。

 

 まず初めに、とても愛想のいい「電車猫」という猫がこう言い出しました。

「やあ、僕はみんなをいろんなところに連れてゆくことができる。みんな僕を頼ってくるよ。人間たちの作った荷物を運ぶ電車、それをうまく利用してまぎれこんで乗車して、ガタンゴトンとゆられながら遠い知らない街へと行く。きっとみんな、僕と一緒にそれを味わうなら、世界の広さを知ることになって、日ごろの小さなストレスなんてふき飛んでしまう。

 その、しげき的な旅のお手伝いをし、みんなを楽しませる、それが僕の喜びなんだ。僕は心からそう思っている」

 

 電車猫がそう言うと、まわりの猫たちは、「そうだそうだ、いいぞ、みんなお前のおかげで楽しんでいる、お前は本当に価値のある猫だ!」と、はやし立てるのでした。

 

 このように、自分がいつもやっていることと、自分の価値と、心の美しさをアピールします。そうすることで、天に召されたいと思っているのです。

 

 そんな中、一匹、真っ白な毛の、まだ大人でない仔猫がいます。今日初めて、この特別な日にここに来ることができました。仔猫は、ここに住む猫たちの長老の猫に、つれてこられました。それまでは人間に飼われていたのです。それで、そこでたくさんのことを学んでいたので、まだ小さい仔猫なのに、「どの猫がどれほど価値があるか、どれほど美しい心を持っているかを知ることが出来る」と、長老猫にスカウトされてきたのでした。

 

 仔猫は電車猫を見て、とても愛想のいい猫で、みんなのために喜んであんなにがんばっているってすごい、と思いました。

 

 仔猫がそう思っていると、次の、二匹の猫がみんなの前に出てきました。

 

 つづく

 

 

「わたし、あなたのやっていること、とてもいいことだと思う」

 

 少女がそういうと、男の子は少し笑顔になりました。

 

「あなたが作ったものは、私たちが楽しめるようにしてくれているのよね。ほんとにちっちゃいところから、ていねいにていねいにしてくれている。私たちの体にいいこと、心が喜ぶこと、この先の未来もきっといいと感じられるようにしてくれている。

  ピンク色の花びらも緑色の葉っぱも、風車を回す大きな力の風も、そのほかにもきっとあなたはたくさんのものを作っている。そのひとつひとつにあなたの思いがこもっている。

  でも、世界で一番を目指している誇り高い大人たちは、そんなあなたの思いなんて知らないから、自分が正しいと思っていることをどんどんやってしまう」

 

 少女がそこまで言うと、突然、大人が3人現れました。あの高い塔を見に行った時に話し合っていた3人です。

「そのとおり!私たちは正しいことをしている。そこの男の子の思いなど考えもしない。私たちは大勢の民衆に支えられている。今までの歴史を見てみたらどうだ。皆、私たちを正しいと言ってくれている。

  そこの男の子の作ったものだってひどいもんだ。君がきれいだと思ったあの外国の街だって、水害で大変なことになったんだぞ。水を作った時に、そんなふうに水害を起こすことを分かっていたんだろう。

 私たちはその水害から街の人たちを救ったんだ。私たちの技術こそ素晴らしい」

 

 少女はその大人の3人に向かって言いました。

「いいえ、水害は水があるから起こるものではありません。街があるから水害になるんです。水はもともととてもいいものです。水はどんな時でも美味しく飲めるし、どんなものでも洗えるし、熱くすれば水蒸気になるし、冷たくすれば氷になるし、本当は良いもので、私たちの生活を豊かにしてくれるものです。だけど、その使い方を間違ってしまえば良いものにはなりません。大人の人たちが国のためだと言って作った街は自分の都合だけで作られていて、水の流れのことも人々の幸せのことも考えられていません。だから、作る場所も間違えていますし、作り方も間違えているんです」

 

 これを聞いて大人3人はだまっていられなくなりました。自分たちが間違えていると言われたのです。

「いやいや、お嬢ちゃん、私たちは間違ってなどおりませんぞ。歴史を見てごらん。皆今まで幸せに生きてこられただろう。皆が幸せになるために私たちは自分の時間とエネルギーを全開に消費させてきたのだ。それは皆がのぞんだことで、私たちはそれに応えた。それで私たちは真っ赤に燃えた後の炭のように、白い灰になったのだ」

 

 少女は、大人3人がちぢんで足が細くなってゆくのを見ながら、かわいそうに思い、言いました。

 

「そうね。大人の人たちは間違っていません。作る場所とか作り方とか使い方とか、そっちのほうが間違っているんです」

 

 少女がそう言うと、大人3人はしょぼしょぼになりつつ、納得したかのように少女を見つめ、ふううっと消えていきました。

 

 男の子もいつの間にかいなくなっていました。

 

 並木道にずうっと連なっている木々は、風にゆられて葉っぱがカサカサっと音を立てています。上を見上げると、真っ青な空と葉っぱの濃い緑色がおたがいにみえかくれしています。その合間をぬって、太陽の光もさしこんでいて、その光が地面にもとどいていて、アスファルトにたくさんの模様を描いています。アスファルトは黒いはずなのですが、白くかすれて優しい色になっていて、木々の色と陽の光と、とても仲良くしているように見えました。

 

 少女はこれまでのことをいろいろ思い返していました。すると、日常とは違う感じがしてきました。

 

 それは、明るい、熱い、流れる、少しこそばゆい、抱きしめたくなる、そんな空気が充満している感じです。

 

 それがとても大事なものなので、忘れないようにしたいなと思い、ふと気づくと、ずいぶん長い時間ここにいたと思い、急いで家に帰りました。

 

 家に着くと、ママは少女が長い時間外にいたことに気付いていないようでした。それで、いつも通り「お帰りなさい」と言うのでした。

 

おわり

 

「そう、いろんなものを作るには理由があってね」

 

 そう言うと、涙をぬぐい、また元気に話し始めました。

 

「君、メールを見たよね?マルゴーはとっても賢い子で、学校の成績もいいし、本もたくさん読んでいる。あの子にはいろいろ話すことが出来た。あの子が望んでいたからね。

 

 でも、僕が初めに知り合ったのは妹の方さ。彼女は “幸せな人は誰でも、他の人をも幸せにする” って言っていたことがある。その言葉をきいた時、僕はたくさんのものを作ってよかったと思ったよ。

 彼女は僕に力を与えてくれた。彼女は自分が幸せになることに一生懸命だった。それで本当に幸せで、それで僕も幸せになれた。 “幸せな人は誰でも、他の人を幸せにする” ってそのとおりだった。

 

 でも、手紙にもあったように、

“いつか必ず本当の幸せがいつまでも続く平和な国が来ること”を、二人とも期待していたんだけど・・・それはまだ来なかった。

 最後に二人にもう一度たずねた時も、二人はそのことをずっと信じ続けていると言っていた。

 

 だから僕はこうして作り続けている。その時が来るまで、あの二人のような人がいる限り、僕には作り続ける意味がある」

 

 そう言って、男の子はとても寂しそうな顔をしました。自分のやりたいことがほんとうにいいことなのか、それともそうじゃないのか、それを少女にたずねたがっている、そんなふうに聞こえます。

 

 それで少女は、どうしても言わなきゃならない気がして、話し始めました。

 

つづく

 このメールは外国から来ているのに、少女の国の言葉になっていました。パソコンだから翻訳も出来るのかな、と思いましたが、それにしてはずいぶんきれいな文章です。

 

 そして、すごく寂しい気がしました。

 

 

 手紙を送ってくれる男の子って誰だろう?なぜ私に送ってくれるんだろう。それに・・・

 

 少女は自分の家を出て、あの並木道の方へ歩いて行きました。

 そこの木々はもう緑一色です。めきめきと葉っぱが育っています。葉っぱの緑色が濃く、大きいので、上を見上げても陽ざしはきらっきらっというぐらいしかやってきません。ですから、しばらく上を見上げていました。

 

「どう?こんな感じもいいだろう?」

 前にいろいろ話してくれた男の子でした。この前と同じように、嬉しそうにしています。

「こんな感じって?」

 少女は急に話しかけられたので思わず聞き返しましたが、その、木々が作り出している感じはとてもいいなあ、と思っていました。

「この緑色は、いろんな働きをしているんだ。たくさんの命を支えるための働きだよ。

 この緑色は陽ざしを受けて、炭水化物と酸素をつくりだす。その炭水化物は君が毎日食べているものだし、酸素は吸っているものだよ。

 この緑色は僕がこの色にきめたんだけど、それはみんながこの色を見ることで安らぐからなんだ。この色をつくるのにいろいろ試みた。それはそれは大変な作業さ。ちょっといじるとずいぶん変わっちゃう。でも君たちの望む色はほんとうに繊細だからね。その望む色を作れた時は嬉しかった。けど、そのままじゃいけなくて、少しずつ変化させることができて初めて完成さ。そんなふうに僕はあらゆるものを作ってきた。そしてそれは、すべて君たちのためさ」

 

 男の子はそう言うと、涙を流しました。

 

つづく